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ニウエタイトル
正式国名|ニウエ(Niue)
面積|259平方キロメートル(徳之島とほぼ同じ 大きさ)
人口|1,625人(2006年国勢調査)
首都|アロフィ(Alofi)
民族|ニウエ人(ポリネシア系)90%
主要言語|ニウエ語(ポリネシア語系)、英語
宗教|キリスト教 75%、モルモン教 10%、他
略史|1774年 探検家クック等により地図に記載される
1846年 キリスト教宣教師団の進出
1900年 英国の保護領となる
1901年 NZの属領となる
1974年 10月、自治権獲得、NZとの自由連合に移行する
ニウエ地図
歴史

ニウエに人が住み出したのがいつであるか正確には分からない。紀元後400年頃と信じられている。最初の遠征隊は、フォアとフアナキに率いられて島の北端ウルラウタないしモツに700年頃に上陸・定住した。その後、1250年頃までは新たな定住者について聞かない。1525年にトンガによる侵攻があり、アナトガで先住民と戦っている。その生き残りが島の南、タフィチ、ムイフォヌアないしヒクラウタに住みついた。さらにクック諸島からの移住者も混じって、今日のニウエ文化が形成されていった。
ニウエがヨーロッパに知られるようになったのは1774年のキャプテン・クック(Captain James Cook)の来航による。しかし、クック一行は、ニウエ人の激しい攻撃を受けて上陸を断念しており、同島の呼称を当初考えていた「プリンス・フレデリック島」から「野蛮人の島」に変更したという。その後1830年に宣教師ジョン・ウイリアムズ(John Williams)も上陸を試みたが、ニウエ人の抵抗に会い目的を果たせなかった。
ニウエにキリスト教がもたらされたのは1846年になってからである。それもサモアでキリスト教に改宗していたニウエ人ペニアミナ(Peniamina)が、ロンドン宣教師協会と協力して布教を開始してからである。1849年、サモア人宣教師パウロ(Paulo)によって布教活動は引き継がれ本格化していった。1900年、ニウエはイギリスの植民地となったが、このころにはキリスト教の宣教師達は完全にニウエをキリスト教化した。1901年ニウエ人には一切の相談が無いまま、ニウエはニュージーランドへ移譲された。
ニュージーランドはニウエをクック諸島に併合しようとしたが、ニウエ人の激しい抵抗に会い、これを断念している。
1974年10月、長年の交渉を経て自治権を獲得し、ニュージーランドとの自由連合関係に移行した。

地理と地勢

太古のサンゴ礁の隆起でできたニウエ島は、全体が2層のようになっていて、下の層は平均20mほどの高さで、その上の層は一番高いところで65mほどである。島には多くの洞窟や小さな渓谷があるが、 山や湖、川と呼べるものはない。雨が降ると、そのまま島の内部に吸い込まれ、石灰岩がフィルターとなって海にしみでる。そのために海は透明度が高く、70m先まで見通すことができる。
ニウエ島の東側にあるフバル森林は壮観な熱帯性森林と野生の花、そしてアジサシやインコなどの鳥類が見られるが、特に蝶は島のいたる所に群れ飛んでいる。

気候

気温グラフ年間を通して過ごしやすい気候だが、12月から4月まではサイクロンが発生する季節となる。2004年12月には近年で最も大型のサイクロン「ヘタ」が来襲し、島内各地に大きな爪痕を残した。年平均気温は25℃。4月から11月は南東の貿易風が吹き気温は24℃。雨量は12〜3月に多く月平均270mmほどで、平均気温は29℃と蒸し暑い。乾季の6〜9月は雨量100mm、平均気温23℃くらいである。年間の降雨量は2,180mmで約170日が雨である。


政治

政体|立憲君主制
元首|英国のエリザベス2世女王
総督|ニュージーランド総督が兼任
議会|1 院制、20議席、任期 3年
政府|首相: トケ・タラギ(2008年6月就任)
政治状況
ニウエでは3年毎に総選挙が行われ、20人の議員が選出される。議員がその中から首相を選出し、首相は19人の議員の中から閣僚3人を選ぶ。議員は議員以外から議長を選出する。議員の14人は地区単位の選出で、6名は島全体から選ばれる。投票権は18歳以上の住民に与えられる。
 
1992年 12月 74年の内政自治権獲得以来、首相を務めてきたロバート・レックス氏が死去。
1993年 3月 総選挙によりフランク・ルイ氏が首相に就任
1994年 反首相派がニウエ初の政党「ニウエ人民党」を結成
1996年 2月 総選挙。ルイ首相が再選
1999年 3月 総選挙。ラカタニ首相を選出
2002年 4月 総選挙。ヴィヴィアン首相を選出
2005年 4月 ヴィヴィアン首相再選
2008年 6月 総選挙、トケ・タラギ首相選出
外交
基本方針
NZとの自由連合関係を維持。太平洋諸島フォーラム(PIF)加盟国・地域との域内協力を推進。NZが防衛と外交の責任を負っているほか、財政援助、経済協力、貿易、移住などでの依存度も非常に高い。
経済

主要産業|農業、観光業
GDP|17,252千NZドル(2003年、ニウエ統計局)
1人当たりGDP|10,048NZドル(2003年、ニウエ統計局)
経済成長率|6.2%(2003年、ニウエ統計局)
物価上昇率|2.31%(2006年、ニウエ統計局)
通貨|NZドル
為替レート|1NZドル=54.46円(2009年1月6日現在)
経済概況
地理的に孤立しており、天然資源にも恵まれず、NZへの移住増加により人口が減少、経済基盤は弱い。NZからの財政援助、NZ在住のニウエ人からの送金により貿易赤字を補填。近年はNZの 支援で観光産業の育成に努めている。商業ベースの漁業も有望視され、バニラやノニ・ジュースも品質の良いものを産出する。
貿易

貿易総額|(2008年、ニウエ統計局)
輸出:27千NZドル/輸入:10,986千NZドル
主要貿易品目|輸出:ココナツ、ヤムイモ、タロイモ、民芸品等
輸入:食料、燃料、機械、自動車等
主要貿易相手国| (2008年、金額順)|NZ、日本、中国、豪、フィジー
経済協力

日本の援助実績| ニウエに対する援助は、研修員受入れ、感染症対策の機材供与などによる技術協力に限定している。
2007年度2007年度までの累計
技術協力0.04億円1.31億円
主要援助国|(百万米ドル、2006年、DACベース)
NZ(7.68)、豪州(0.78)、日本(0.1) DAC合計 8.56
日本との関係

政治関係|日本は、ニウエを国家として承認しておらず、したがって外交関係もないが、地域として在NZ大使館が対応している。
対日貿易|(2008年、貿易統計)
輸出額:1,226千円
輸入額:3,653千円
主要輸出品(2007年):魚介類
主要輸入品(2007年):工業製品
日本の直接投資|不明
文化関係|・文化遺産の保存および教育振興のための器材購入援助
・音楽教育振興のための援助
在留邦人|不明
人々と教育

ニウエが自治権を獲得した1974年には約4,000人だった人口は、1998年には2,100人に、2006年には1,600人にまで減少している。現在、本国の人口の10倍以上のニウエ人が海外で生活していると推定される。その数は、ニュージーランドに約20,100人(2001年NZ統計)、オーストラリアに約3,000人である。なお、面積約67㎢のフバル森林とほぼ同じ広さのクック諸島のラロトンガ島では人口が11,000人以上となっている。
ニウエ人には憲法上ニュージーランドの国籍も付与される。平均寿命は男67歳、女76歳、乳児死亡率は1000人当たり17.5人、識字率は太平洋島嶼国の中で最も高いグループに属し98%である。識字率が高いのはしっかりした教育制度に負うところが大きい。4歳児は先ず早期児童教育(ECE)で1年間の教育機会が与えられ、5歳で6年制の小学校に入学する。7年制の高等学校がニュージーランドのキャリキュラムを基にして行われ、大学教育を希望する者には南太平洋大学の関連機関があって、豪援助庁の奨学金を受けながら高等教育を享受できる。

ニウエの日曜日

日曜日は安息日であり、教会へ行くほかは原則として何もしない。教会から帰ってくると、家で昼寝をするかビデオを鑑賞するなどして過ごす。テレビ、ラジオの放送も休み。ボートを出すことも午前4時から午後9時までは禁止されているのでダイビングも釣りもできない。海岸での遊泳も2〜3か所が認められているだけなので、泳ぐ人もあまりいない。実に静かな日曜日である。

在日政府機関

大使館/領事館|開設されていない
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